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カテゴリー: 巻頭言(江口大象)

モンゴルのこと

 「繰り返される弾圧の歴史」と題して、今年の6月7日産経新聞の夕刊に、中国内モンゴル自治区抗議デモのことが詳しく載っていた。モンゴルに行こうと計画していたのに新型インフルエンザのため突然中止にしたのが1昨年のことだったの […]

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今井凌雪先生の思い出

 璞社の第3回展は心斎橋のそごうの2階ギャラリーで開かれた。昭和39年3月のことで、フラリと来られた今井先生が、いきなり私の作品の前で立止まられたので、問われもせぬのに制作時の苦心談のようなことを懸命に申し上げた。字のゆ […]

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中国琵琶との競演

 「書は密室の祈りだ」 といっておられた小坂先生にはこっぴどく叱られそうなことをしてしまった。先生は取材で書いている場面を撮影させたことはあっても、「いざ制作」 の現場はだれにも見せることはなかった。たとえ家人でも近付か […]

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四歳画家の個展

 過日4歳の女の子が天才画家と騒ぎ立てられて大々的に個展を開いていた。すでに数点は売約済みだという。 日本ではない。どこかの外国である。楽しそうに飛びはねるようにして描いている場面もあり、なかなかの色感とセンスを持ち合わ […]

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ゆっくり歩こう

 ボケの初期とはこんなものじゃないかと思える日があった。あったではなくてこのところだんだんひどくなってきている。 ついさっき考えていたことを思い出せない。いい巻頭言になりそうな材料だったのに、わずか1分前のことである。床 […]

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しゃべり方と書風

 人の身体には人それぞれのリズムがあって、歩き方もしゃべり方もその人独特、たとえそれが悪くてもなかなか直らない。直すのにはとんでもない努力がいる。まず初めと終わりの礼儀にはじまって食事中の姿勢、速度、箸の持ち方、食べもの […]

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文化は後戻りできない

 世の中大混乱のうちに私の喜寿個展は無事終わったが、この混乱はあらぬ風評被害を含めて当分続きそうだ。日本という小さい島国は、外国から見れば全島放射能に冒された、人間の住めないところに見えているのかもしれない。 放射能、電 […]

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烏からの連想

珍しいことに大阪で3月3日に雪が降った。2月中ごろには2度も翌日まで残る積雪があり、わが庭の雪景色を写真にまで収めた。今年の冬は寒い。2日前大阪市立美術館で日展大阪展の作品解説をさせてもらった折の館長室での話。 一週間ほ […]

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献書法会

 おそらく多くの観客を前にして書いたであろうと思われる作品が、江戸から明治にかけての書人に散見される。たとえば池大雅の襖の大字や副島蒼海の豪快な大作がそれに当たると思うが、中国ではもっと多くの作品がそういう環境の中で書か […]

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手本改造-創作へ

 半紙楷行草の3体手本をこの20年ほど書き続けている。多くの競書雑誌がそうであり、小坂先生もそうだったのでそれを踏襲しているわけだが、考えてみれば楷書と行草書の2体でいいのかもしれない。こういいながら今のところ現状を変え […]

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