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日中青少年書道交流席書会

  8月、世界中が熱波にうなされているなかで、老骨に鞭打ってかの中国北京へ行ってきた。遊びではない。遊びなら当然もっと季節のいいときに行く。

 成田山新勝寺が主催する成田山全国競書大会の成績優秀者16名をつれて行くのだが、なにせ約14万点(複数出品可)の中から選ばれた16名、ざっと考えても1万点中から1点の厳しい関門である。審査は3月7日梅原清山先生主導のもとで厳正に行われたが、そのときはほとんどが半紙。中国では半切か聯落ちになるので、選ばれた人は、約5ヶ月間指導者のもとで多分特訓の毎日ではなかったかと思う。
 8月4日出発。生徒の親族や指導者、寺関係の方達、医師、看護師など総勢56人の大所帯。新勝寺の山崎寺務長が名誉団長、私が団長、副団長は谷村萬堂氏。数年前から風の便りに団長就任の打診を受けていたのはわかっていたが、断り続けて、もう行かなくてよくなったかと思った矢先の要請で、こんなことならもう少し若い時に行っておくべきだったと反省しきりである。

 しかし結果的に行ってよかったと思っている。中国の子供の授業風景を見学させてもらったのは30年も前のこと。優秀生だけを指導する少年宮もその数年後に見ている。
 8月5日午後、日中友好席書大会の当日、日本の子供達は固くなっている者もいたが、書きなれない「一発書き」 で、本人がどう思おうとあれだけ書ければ充分。
 中国の子供達について少し。
 予想通りほとんどが楷書と隷書であった。そして予想通りしっかり古典に基づいたきちんとしたものであった。中で小学2年生の男の子が欧陽詢風に書いて見事だったので、本人に欧陽詢の名前を知っていますか、と問うてみた。「はい」「何時代の人ですか」「唐時代です」私は思わず拍手をした。こんな小さな頃から歴史を知った上で臨書をしているのはまさに驚異であった。
 出来た作品を中国側は日本人に、日本側は中国人の書家にそれぞれ批評を仰ぐことになっている。私はこんな小さい子供にちょっといやな質問かと思っていたのに全く杷憂だったのである。しかしそれを言わせるほどこの子の欧陽諭風はすばらしかった。(28ページ参照)

 以前から思っていることではあるが、子供の頃あれだけ古典をしっかりやっているのに成人になると何故あんな字になるのか。現代中国の書人たちも多分充分な基礎を積んだ上で書作品を発表している筈である。中国に残されているいくつかの書論は「書譜」を例に挙げるまでもなく、徹底して品の上下、格の上下を論じている。今、現代中国の書を論じて、例えば孫過庭は何をどう言うだろうかと思う。
 私は個人的に中国の書は清朝崩壊以降少し変になっているように思う。中国から見れば日本の書は戦後書展の隆盛とともにおかしくなっているというのかもしれない。
 日本はまず子供らしさを褒め10歳を過ぎた頃からぼちぼち古典の勉強にとりかかる(学校では高校から)。しかしそれも指導者次第で、成人の展覧会にはどうしても類型の作品が並ぶのが欠陥だろう。かたや中国は展覧会がないだけに自己の確立が早いが、その自己流の書風の品位を自分で論じ分析しなければならない。
 これからあとはまた後日ということにしよう。とにもかくにもいい旅であった。成田山新勝寺に感謝。

江口大象 (書源2010年11月号より)

 
   

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