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拘りと柔軟性

上手になるための秘訣を知りたいと思っている人は私一人ではないはずです。しかしそんなものがあれば誰も苦労しません。ただ私の経験から言えることは、柔軟な対応力を持ち合わせている人の方が上達が早いように思います。

書を志している人の多くは真面目で一生懸命な頑張り屋さんです。ところが、それが良い面ばかりではなく足かせになることもあります。たとえば二×八尺の大作の手本を見て書いたとすると、誰もがそっくりに書こうとします。それは当たり前ですが、結果はそうはならないのが常です。江口先生は常々手本通りに書かなくても良いと言いましたが、弟子にとってはとんでもないことで手本に手を加えるなんて先生に申し訳ないと思っている方もいるほどです。

もちろん初歩の方は手本通りにそっくりになるまで書き込むべきだと思いますが、ベテランはそれでは困ります。手本は各自がオリジナルな作品を書けるようになるまでの手助けであって、いつまでも手本に頼ってはいけません。それを言うと中には手本を無視して好き勝手に書く人がいます。大切なことは闇雲に書くのではなく手本から何を学ぶかを的を絞って習うことです。手本のすべてをそっくりにしたいというのは欲張りすぎです。的を絞ってこの文字の字形を、またこの一本の線質だけはそっくりに書きたいという思いを持って習います。その強い思いが拘りということになります。拘った部分以外は多少手本と違っていても柔軟に対処します。学ぶべきポイントは行の流れや収め方です。つまり作品の作り方がわかればOKなのです。

個々の文字はよいのですが全体を見れば流れがなく纏まっていないという作品は的外れの典型です。作品の作り方を学ぶために手本を分析し、なぜその字形や大きさ、太さなのかなどを考えてください。そして文字と文字との関係や行の流れなど全体を見ます。そして先生が手本を書いている姿を脳裏に浮かべてください。そのイメージが浮かんでくればしめたものです。十分に目習いをしてイメージトレーニングをしてください。そうして自分が作品を書く時には手本を伏せて書きます。書き終えてから手本と比べます。その繰り返しをすると手本の違った面が見えてくるかもしれません。どんな方法が自分に合うのかは人それぞれですので、早く的を得た学び方を見出して作品の作り方を身につけたいものです。なお線質の鍛錬は一生の課題ですので怠ってはならないことを肝に銘じて下さい。

書家という作家である限り、拘りは不可欠です。拘れば拘るほど柔軟性が問われます。拘ることも柔軟に対処することも、どちらも知識と技術が必要で即席ではできません。いずれにしても相反する拘りと柔軟性の兼ね合いこそが良い作品を生み出すことに繋がるのだろうと思っています。

山本大悦(書源2021年10号より)

 
   

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