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筆文字の力

今までに映画のタイトルを三作書かせて頂いている。どれも地元長野のご縁によるが、きっかけは長野市の民放テレビ局数社からの自社制作番組のタイトル依頼であった。最初の映画タイトルの依頼は、NBS長野放送出身で現映画監督宮尾哲雄兄の原田要さんという最後の零戦パイロットの生涯を追った反戦ドキュメンタリーで、今も毎年の終戦記念日に上映されている。二作めは上田市袋町という我々にはお馴染みの繁華街でロケされた『兄消える』という作品。故郷を捨てた放蕩無頼の兄が、何十年も経って突然弟の元に帰ってくる。しかも得体の知れぬ若い女性を連れて、と中々気を揉ませる導入シーンで始まるが、この主演女優の土屋貴子嬢も上田市で一年に数回開かれる飲み会のメンバーで、彼女から直接タイトル揮毫を頼まれた。

三作めも上田市のご縁で、NBS長野放送の小宮山兄から上田高校の先輩が作る映画のタイトルを書いて欲しいと電話が有り、その大先輩とお会いして吃驚!日本映画界を代表するプロデューサーのお一人の永井正夫氏だから。氏の作品では『瀬戸内少年野球団』『のぼうの城』また日経新聞連載中から話題になった『失楽園』と枚挙に暇がない。今回の作品は、世界で初めての人工癌発症実験に成功した上田市出身の山際勝三郎博士を主役にした伝記映画『うさぎ追いし』を制作したいという。主演は個性派俳優で小生も大好きな遠藤憲一氏。惜しくもノーベル賞受賞はならなかったが、それも含めて信州の大偉人を描きたいとのお話だが、ここから永井氏の熱弁が始まった。かつて「世界のクロサワ」こと黒澤明監督の下で働いていて、黒澤さんが一番気を遣ったのがタイトルだったそうだ。なぜなら映画フアンは、タイトルを聞いた瞬間にそのタイトルの筆文字を思い出し、それから映画の内容を思い出すというのが黒澤さんの自論で、言われてみれば確かに『椿三十郎』『用心棒』『天国と地獄』『赤ひげ』『乱』といった名作の数々のタイトルが脳裏に浮かんでくる。従って誰にタイトルを揮毫してもらうかを考えに考え抜いた末に決めたという。この永井氏の情熱溢れる話を聞いていて、小生は小生で、黒澤明さんこそ筆文字の力=書の本質を理解しておられたのではないかと、確信に近いものを感じたのである。

川村龍洲(書源2021年8号より)

 
   

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