文字サイズ

自信と信頼

パソコンに向かい、ほぼ書き上げた原稿を「消去」して、書き直しています。大悦会長から巻頭言を書くよう依頼されたのが昨年末。それから何を書こうかと毎日考えてきました。小坂先生や江口先生は何年もの間、毎月こうした苦しみを持たれていたのかと思うと、今更ながら敬服せずにはいられません。これから年に2回、登場させていただきますのでよろしくお願いいたします。

初回の今月は「自信と信頼」についてです。
まずは、江口先生が『まんぴつ』でよく取り上げられていた『弘尚堂鍼灸院』について。院長の酒井君とは大学時代の同級生(同級生なので「君」付けでご勘弁を)。しかも、共に書道部の同志でした。大学時代、彼に逢いたければ図書館に行け、と言われるはどの勉強家で、誰しも大学院に進んで、将来は大学教授になるものだと思っていました。それが急に鍼灸の専門学校に行くと言い出し、現在に至っているという人物。開院当初からお世話になっている私は、彼に対して絶大なる信頼を置いています。一度の治療で、確かに楽になるのです。治療に行って症状を言わずとも、左の股関節がずれている、といった具合に指摘されます。いつ解ったかと聞くと、「入ってきた時」と。医学でいう触診をするまでもなく、姿を見れば症状が解るらしいのです。

また江口先生は、彼の鍼には迷いがない、と常々おっしゃっていました。確かにそうで、バンバンとスピーディーに打っていきます。ある鍼を打たれた時、下半身に今まで体験したことのない電気が走りました。「何、今の?」、と聞くと、「オマエの体がここに打てと教えてくれたツボや」、と。とても不思議な話ではありますが、実際の体験談です。これは、彼がこれまで学んできた知識・技術に経験を加え、更なる技術向上に邁進してきた成果だと言えましょう。そうしたことから、彼は自分の鍼に自信が持てるまでに至ったのだと思います。

ところで、江口先生は古人の書であれ、現代作家の書であれ、その人の性格、書いた時の精神状態、心情、姿勢などをよく語ってくれました。博物館、美術館での特別展の作品も、これは二セモノだ、と笑っておられたこともありました。こうしたお話は非常に興味深く、その場面に居合わせた時の喜びはたとえようもない物でした。
先生は「これは私感やで」、とおっしゃってはいましたが、絶対的な自信を持っておられたことは間違いないと思います。これまで研鑽されてきた、奥深くまで観察されてきた先生ならではのお考えだと思います。

書の研鑽に努めている我々も、自分の書にある程度の自信を持ちたいとは思います。しかし、それだけではダメで、自分の書の欠点も解っておく必要があります。各展覧会に出品する作品は私自身、満足のいかないままに出品することは常ですが、それぞれの出展作品の欠点、改善点を解っておくことが重要です。そうしなければ次へのステップはあり得ません。

そして書は技術だけではなく、人間性が発露する芸術です。江口先生にせよ、酒井君にせよ、技術だけで信頼されているのではありません。人として、という面が技術と同じくらい大切だと思います。そのためには、あらゆる経験を重ね、多くの人と話し、幾多の本を読む。自分にプラスとなることには貪欲に吸収する努力を重ね、取り組みたいものです。

川﨑 大開(書源2021年5号より)

 
   

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です