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童書

三、四歳で字を覚えはじめ、近くの塾で硬筆を始めたとする。小一で毛筆、硬筆ともに習う。「みなもと」写真版ページの幼年の作品を見てもわかるように、この時代のものは懸命さが伝わるだけでただ書くことに夢中。他人のことなど眼中にない。それでいい。懸命に筆を運ぶだけでいい。これが子供の作品の魅力で、筆や鉛筆の持ち方を指導するくらい、せめて文字が重ならない程度でいいのではないかと思う。
童書の魅力は小三くらいまでか。この童書の時期を通過することは大事なことで、この時期に存分に暴れさせた方がいい。もうそんな機会はないのだから—。

しかし小五ぐらいになると友達との接し方の中で、遠慮すること、自説をうまく伝えること、思いやりの心をそろそろ身につけ、相手もそれを感じる仲になってほしい。これが大人の世界への導入である。書作品でいえば、上下左右の文字に気配りをして、半紙一枚に何字かの書くべき文字がうまく収まるよう指導の方針を次第に変えてゆくことが肝要だろう。
それは日常の生活と結びつくのでそちらの方から攻めて行くことも重要だろう。空気を読める人、相手の顔や表情を見て話せる人に成長していってほしいとの願いを込めて—。しかしこの指導は中二ぐらいまでかもしれない。その後その子供がどんな大人になってゆくのか、は複雑な事象がからんでくる。

過日藤井聡太君が中三、十四歳でプロ棋士になり、並み居る強豪棋士を連破して遂に二十九連勝の新記録を作ってしまった。三十連勝には届かなかったらしいが久しぶりの天才棋士現わる。と将棋を知らぬ私ごときまでがある意味興奮させられた。
あの扇子の「大志」はここにどう書けばいいのだろう。私はあれを見て驚いてしまった。あれは子供の字ではない。上手下手ではなく何事も深く考えてから行動する、分別のある立派な大人の字であることに驚いたのである。ああいう字を日頃から書いている、ああいう思考過程を常に踏んでいる人なんだろう。まさしく大人である。たまにテレビに手書きしている学者や芸能人の文字もおもしろく見ているが、他人に対してどんな対処の仕方をする人かどうかについては文字を見ればすぐわかる。筆文字ならなおさらのこと。

藤井聡太君は今後どんな棋士になってゆくのか。もう少し堂々と書いてほしい、もう少し闘争心を出して、といいたいが、あの小字ですでに完成されているに近い。充分書けている。
どんな大人になってゆくのか外野席から楽しみに見ていることにしよう。

江口大象(書源2017年9月号より)

 
   

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