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恩師の教え

創刊以来初めて他人の文章を使わせてもらう。巻頭言を小坂先生が最後に書かれたのが昭和63年4月(256号)。その後は中野南風、加登亙川と私の三人が約三年間分担。私だけとなったのは平成3年から。会長就任内定は多分元年6月ごろ)。
他人とは私を大学で育てて下さった主任教授田邉古邨先生のことで、その選集(全八巻)が今5冊目が送り届けられている。その第一回配本第五巻からの借用。私の入学以前で昭和24年末に白茅居書話として書かれたもの。

まだ全然自信のない者(さういふ者は会員の中には見当らないが)は一応私の条幅を手本にして習つて見て、その調子で、自運をやつて見ればよい。私は私の書風を真似して貰はうとは毛頭思つてゐない。しかし私の書が好きでたまらぬといふ者は一応真似してよろしい。速く真似して速く抜け出ることである。いつまでもだらだらと真似してゐてはいけない。この意味が解るだらうか。いつもいふことであるが、書はただ沢山書けばよくなるだらうと思つたらうそである。常に新風を創造しようとする理想と情熱とがなければ藝術にはならない。荒けづりでいい。
何ものか新たに造り出されたものがなければ無意味である。諸君は大道で表札を書いたり、電柱に広告を書いてゐるペンキ屋と違ふ筈だ。ただ馴れ丈では職人と何等択ぶ所はない。希くば念々に藝術家としての意欲を旺盛にし、王義之でも空海でも眼下に見下すくらゐの見識を持つて自己の書風を建設して貰ひたい。

こんなことを授業中に諾々と話しておられたのか。もう60年以上も前のことでさっぱり記憶がない。しかし中身についてはもちろん大賛成。授業はすばらしかったし廊下の立話にも深い含蓄があった。全八巻のどこかに私への創刊の励ましの文(第一巻12号)「一筆啓上—江口大象君へ」も載せていただけるらしい。

今からでも遅くはない、全八巻をお買い求めいただけませんか。
(全八巻55,000円(税別)) 申込みは芸術新聞社へ

江口大象(書源2016年11月号より)

 
   

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