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肉筆から見えるもの

習近平の毛筆の字を見たいとどこかに書いたら実際見せてくれた人がいた。その新聞の小さい切り抜きを貰ったのに(大切にどこかに保管していたのに)今懸命に捜しているにも拘わらず見つからない。ここ数年捜しものばかりしている。そんなことはもうどうでもいいが序に橋下徹さんの字も見てみたい。ツイッターばかりらしいのでメモだけでもいいのだが—。

二人の違いは習さんは(本人が考えたかどうかわからないが)小学校に毛筆の臨書の授業を入れたこと。反対に橋下さんは文化、芸術にさっぱり理解がなさそうなこと(側近の人から、そこが一番弱いとこなんで—と聞いたことがある)。経済も大切でしょうが、文化芸術もそれなりに大事とは思わんのですかな。
金正恩は見たいけどハングル時代だろうからどうでもいい。ハングルは英語と同じく、たとえ見たとしても性格までは—。
習さんは見たときモヤッとした感じを受けた。説明はしにくいのだが、胸のうちで何やかやいろいろ考えごとをしている割には誰に相談することもなく、またすぐに行動に出ることもないと見た。横書きに三、四字だったと思う。にじみの多い紙に墨を多い目に含ませ、にじみを気にすることもなくゆっくりと—。

文字の巧い下手ではなく、私は文字から出る「その人」人柄、性格、精神状態を勝手に想像してみるのが好きである。条件として毛筆であること、を加えておきたい。毛筆には上下運動があり性格、感情が出やすい。書をやっていてもいなくてもいい。できれば一枚目。
年末ごろのどこかの週刊誌に出ていた、戦犯死刑囚数人の死の直前の署名は失礼ながら興味深く見せていただいた。あれはすごい資料だと思う(これも現在行方不明)。

「なんでも鑑定団」が好きで、家内が録画しているものをゆったりとした夕食時に見る。人形、おもちゃ以外はなんでもいい。しかしやはり書作品か水墨画、陶器などが面白いか。掛軸などが出てくると夢中になる。作者の名前に聞き覚えがあると尚のこと。そんなとき作品よりも落款をじっくり見たいのに、(焼きものならば本体の線と箱書き。)この番組ではまず作品らしく、たとえ落款を見せたとしても一秒以内。鑑定結果が出たあとではねぇ—。

にせものは似せようと少なからずオドオドしている。その上品がない。桑名市の稲葉等氏からいただいた「にせものとはんもの」という一冊の本は、すばらしく面白かった。主に「長島新聞」のコラムから。書家へのご意見も実名である。

江口大象(書源2016年4月号より)

 
   

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