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自分の欠陥

 読物としては2流3流であろう週刊誌(バカにしてはいけませんぞ)を私はこの10数年愛読ひろい読みを続けている。

 半年程前にこんな記事があった。
この世には「ブスに気づいていない」女性もまた、多いのでした。そして意外なことに、この「ブスに気づいていない女性」も、「美人に気づいていない女性」同様、モテルのです。
-中略-
「自己の難点に気づかない才能」というのも、確かにあるのでした。
木嶋被告もそういう人たちの一人として、ふつうの人々から反感を持たれるはずであったが、キジカナの気づかなさ加減は、つき抜けている。
美人としての態度を崩さないその態度に、「プレない!」と、憧れる人もいるのではないか。

 引用はこのぐらいにしておこう。筆者は女性である。
 さてここは「書」の雑誌なので話は「自己の難点に気づかない才能」に絞る。自分の周囲を見渡して、あの人あの人と思ってみる。そして他の門下を含めた書道界を眺めてみる。地位の上下は問題にせずに眺める。もっと広げて書道史上に残る諸作品を見て、欠点をものともせず生涯押し通した人物に思いを馳せてみるのもよい。中国では明代以降はほとんど全員。日本では平安の三筆(空海は除きましょう)まで遡ることができそうだ。ここに上げている数々の有名人は、欠陥といえば欠陥、癖といえば癖を皆持ち合わせている。しかし、ここでは「難点」は個性と化して「すばらしさ」に変わり、書人の憧れになる。同列に扱うのは大いに気が引けるがちょっとキジカナに似てきた。

 胸に手を当てて自分のことを考えよう。他人から見て今の自分の書はどう見えているのか、と自省するのは当然よろしい。逆に批評を受けたとき、直接でも間接でも、そのとき本当に正すべきことなのか、はたまた自分の個性として押し通すべきことか、も含めて「自己の難点に気づかない人物」にならぬよう心したいものである。
 問題はオノレの欠陥を自覚しながらどうにもならぬ、わかっているけど直らないことにイライラしている人、のことだろう。
 キジカナさんから話題は変な方向へずれてしまった。いつものこと。続きは次号へ。

江口大象 (書源2012年8月号より)

 
   

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